“House of Handicraft”の代表、ワニダさんの物語

SVAクラフトエイドの企画 ラオス・タイにクラフト生産者を訪ねる旅に行ってきました。

今日は旅行の5日目にタイのノンカイにある”House of Handicraft”を訪ねた時の代表、ワニダさんの物語を紹介します。

ワニダさんと2s
ワニダさんは78歳
祖父をフランス人にもち、母はラオ・タイ人 父はタイ人
ラオス国境に近いノンカイ県に生まれる。
(私の掛けているショールはバーシーの儀式の時に村人からかけて頂いたショールです)

60年間クラフトの仕事をしてきた人。SVAでは人気のお魚ポシェット、元々人形作家のワニダさんの考案の「ウォーリードール」などがハウス オブ ハンディクラフトでは作られています。

仕事を始めたのはラオス。
30年間3000人の人をまとめてきた。お客は日本人だったそうです。ラオスに政変があり、独身女性でそんなに手腕のある人は……..、これだけの仕事が出来る人は….と言うことで投獄された。フランス・ラオス・タイと国籍をめぐって翻弄された。顔立ちは西洋人なので、「フレンチ」とよばれている。

タイの王や女王、首相からの出獄願いが届き3年半後タイへ。財産は没収されていたので着の身、着のままだった。

1980年タイの首都バンコクでクラフト再開。今回も日本の客によって何とか軌道に乗った。が、1997年タイの経済危機で大打撃を受け、撤退せざるを得なかった。そして生まれ故郷のノンカイへ来た。

ハウス オブ ハンディクラフトは8つの村で、40人くらいの人が仕事を得ている。材料は買って渡している。

問題は、いい仕事があるよと言われればすぐ、その誘いに乗って行ってしまうので、生産者が続かない。新人には2~3日教えて、簡単なところを分業でやってもらう方式をとっている。他の職への誘惑が多く定着しないこと。

h&hの人達s

その後、生産者さんをまとめている代表の女性達と、実際の生産品の改良点などを話しあいました。ホテルなどの仕事と掛け持ちの人もいて、じっくり専業でできるくらいの仕事量と賃金が、今ある問題を解決していくのだと思います。素晴らしい生産品でも、粗雑な部分があれば売れなくなる。そこはしっかりと伝えてきました。直接話し合うことで、今後の生産品の向上が楽しみです。

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