‘旅の報告’ カテゴリーのアーカイブ

世界一貧しい大統領、南米のウルグアイのホセ・ムヒカさん

2015/04/10

4月9日の中日新聞の「中日春秋」に載っていた、

世界一貧しい大統領の愛車をアラブの富豪から驚くべき値で譲ってほしいとの申し出があったそうだ。

南米ウルグアイの大統領のホセ・ムヒカ(79)さんは、公邸には住まず、報酬のほとんどを福祉のために寄付し、郊外の質素な家で妻と2人暮らし。

2012年にムヒカさんが国連の「持続可能な開発会議」で行った演説が、その人生哲学を如実に示している。

「貧乏とは、少ししか持っていないことではなく、かぎりなく多くを必要とし、もっともっとほしがることである」 こんないにしえの賢人の言葉を引きつつ、彼は訴えた。

水不足や環境の悪化が、いまある危機の原因ではないのです。ほんとうの原因は、わたしたちがめざめしてきた幸せの中身にあるのです。見直さなくてはならないのは、わたしたち自身の生き方なのです。」 (『世界でいちばん貧しい大統領のスピーチ』汐文社)

ムヒカさんは結局、「車を買う時に、お金を出し合ってくれた友人たちを 裏切りたくないから」と愛車を売らなかった。いきている限り、傍らに置いておくそうだ。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::::以上一部紹介

幸せの中身にあるのです。見直さなくてはならないのは、わたしたち自身の生き方でそれを見つめるためのきっかけ作りがフェアトレードと私は考えています。

 

今年の1月10日にモンテビデオの首都ウルグアイを訪ねているので、世界一貧しい大統領の話を聞いたことを思いだしました。 訪問先はNGO[セプローディ」、貧しい女性達を職業訓練などをして自立をサポートしている団体です。

 

IMG_2209モンテビデオNGOセプローディ

セプローディでの、バッグの製造を説明するアドリアナさん

マラカスにするひょうたんにペンティングをするワークショップをしたり、「セプローディ」の事務所での本場タンゴのダンスを見せてもらったりして交流してきました。

 

IMG_2287タンゴ

尋ねたのは1月だったので、市民はビーチへ夏休みで行っているということでした。

「2月のカーニバルは世界一長いことで有名。 人口の12%は貧しい国。政権は左翼が続いていて、世界のなかでも民主的なことで知られている。 都心部では貧困はみられない。300万人はモンテビデオに暮らしている。先住民のいない国。スペインやイタリアからの移民が多い。」ということでした。

インドネシアのフローレス島に行き、カカオの生産者さんたちと交流。8月2日

2014/08/22

2月14日中日春秋50-50

テオブロマ・カカオ。ちょこれーとの原料カカオの学名だ。テオブロマとは、「神々の食べ物」の意。……….そんなチョコは買って本当に神聖な食べ物だった。原産地の中南米で栄えた文明では、豊作を祈るため、神に捕虜を生け贄として捧げれば、その心臓がカカオの実になると信じられていた。

カカオは通貨の役割も果たし、豆100個が奴隷一人に値した。あまりに貴重名ため、収穫にあたる農民ですら手をだせなかったそうだ。……2月14日中日春秋より

インドネシアは、コートジボアール・ガーナに次ぐ世界第3位のカカオの生産地。

今回は、第3世界ショップの現地集合のツアーに参加、カカオの生産者さんたちと交流してきました。

:::::::::::::::::::::::::::::::報告書:::::::::::::::::::::::::::

カカオ生産とイカット織りのフローレス島

名古屋 フェアトレード・ショップ風“s 土井ゆきこ

 

7月31日~8月6日まで、インドネシアのフローレス島を尋ねました。

カカオの生産者さんに会いたかった。

カカオの木に実がなるのを実際に見たかった。

カカオの生産の過程を見たかった。

イカット織りの現場を見たかった。

そして、第3世界ショップの国境を越えて共に地域づくりに参加するフェアトレードに興味を持ち参加しました。

 

深夜着や現地集合の不安があり、友人を誘っての参加。名古屋の中部国際空港へ着いた時はほっとしました。本当に友達と一緒でこころ強かったです。フローレス島に着くまでにも、帰途の広州乗り換えの時も、飛行機が定時に飛ばず、出発するまでの待ち時間がそれぞれに4時間前後あり、何が起きたのかわからないような状態で、ただ待つだけのことが2度ありました。

062お迎え15s

 

8月2日のフローレス島のカカオの生産者さんたちとの交流では、イカット織りのスカートを身にまとった女性達が出迎えてくださり、その姿にわくわくしました。頭にバンダナのようなものを巻いた男性が、ココナッツの実に水を入れ、その水を葉っぱで訪問者に振りかける伝統的な儀式による出迎えも受けました。

 

 

出迎えてくださったのはエドゥ(男性)さんのグループと女性団体マザース・ラヴの 30人、そしてお揃いの服(制服かしら?)を来た子どもたちの歌声。とても素晴らしい声でした。環境がいいと、声もよくなるのかしらと思うほどでした。

 

地区の代表の人の挨拶に続き、エドゥさんによる、「カカオの樹の学名はギリシャ語で“神の贈り物”という意味を持ち、 1688年にマダガスカルのファーザ・ボレンの手によりこの地に着いた。」という説明に始まり、最近の環境の変化を聞いたところ、「環境の変化で害虫の被害も多い。温度は30度が上限だったが、37度までいき、冬は雪が降った。気温の変化による健康被害もあった。」というお話を聞きました。世界各地で地球環境の変化があるのだと思いました。

 

交流タイムでは、カカオを使ったサーターアンダーギー(揚げ菓子)を一緒につくり、その材料を併せた小麦粉を寝かす時間を、「踊りましょう!」と呼びかけ、みなさんとダンスに興じました。言葉は通じなくても、踊れば笑顔がはじけ、心も通じます。手をつないで輪になって踊った、その体験はず~っと心に生き続きます。

 

女性達のヘアースタイルも型があり、アップに結い上げドーナッツのような毛束が乗っているスタイルです。私も民族衣装を着せてもらい、両手に腕輪をいっぱいして、ヘアースタイルもアップに結いあげてもらう素敵な体験もしました。

 

寝かせた小麦粉を丸めて揚げ、美味しいカカオのサーターアンダーギーを頂いたあとは、家の周りにあるカカオの木をみて、これもわくわく! 小さい白い花もみつけ、ニヤッ。「来た。やっと来た。」という感じでカメラに納めました。1日だけの交流だったので、カカオの実を採集したり、発酵するところなど、カカオの実の乾燥までの手順を見ることはできませんでしたが、カカオの木の中に入り込んだ体験は貴重でした。

 

もう一日、カカオの実の採集や発酵や乾燥などの流れがわかる体験や、カカオ屋台での販売などの現場も見ることができたらいいなと思いました。

 

フローレス島滞在3日目の朝訪問した市場は、氷などなくても新鮮なカツオやマグロがならび、活気あふれる地元の様子もみることができました。

滞在したホテルでは毎朝、日の出前から海岸に行き、消えゆく星、明け行く空、登る太陽を楽しみました。

 

4日目の小学校訪問では、日本からのお習字の授業も見たかったのですが、折り鶴をみんなに教えながら各教室を回り、熱烈な歓迎を受けました。最後のサイン攻めは楽しい思い出です。子どもたちも「日本」を意識してくれることでしょう。人と人の交流の良さですね。

 

こんな時間を作って下さった奥谷京子さん、ヤコブさんありがとうございました。スージーさんはじめ現地の人々、参加者の皆さまにもお世話になりました!

 

 

 

 

アフリカ タンザニア キリマンジャロ麓のルカニ村へ行ってきました。9月12~22日

2013/09/23
タンザニア ルカニ村から見たキリマンジャロ山

タンザニア ルカニ村から見たキリマンジャロ山

 

2013年9月21日 Emirates機中にて

2013年9月22日14時15分、やっとここまで戻ってきたという感じ。あと3時間。お陰様で無事アフリカの地、タンザニア、首都ダルエスサラームから車で、12時間のキリマンジャロ麓の村を尋ねることが出来ました。

今回は、首都でフェアトレードの店に行くことも出来ました。マサラ族のビーズ製品がかわいいです。

コーヒー生産地のルカニ村での報告は順次ブログと一緒にお知らせする予定です。
今回のツアーは待ち時間含め、往復で4~5日間かかるようなはるかな地への旅でしたが、ルカニ村滞在中の4日間は、スローな時間でした。
スワヒリ語も少し覚え村人と挨拶もでき、キリマンジャロの頂も、はじめの2日間、夕刻にはクッキリ見ることができました。4日いても見ることが出来ない人もいたようです。

ルカニ村最後の朝は、6時集合でキリマンジャロの見える小学校の芝生広場に行き、キリマンジャロコーヒーを飲もうという企画を今回の参加者(学生6名含む8名)がしました。広場に着いた時は、薄っすら稜線は見えましたが、あっという間に霧の中。それでも熱いポットのお湯でキリマンジャロコーヒーをいれてみんなで飲みました。村人はコーヒーを飲む習慣はないようです。

1杯のコーヒーがいかに手間や時間をかけて届けられるかを実感して来ました。美味しいコーヒーを飲めるように、またフェアトレードのコーヒーにより、生産者の人達が安心して暮らせ、地球環境も守ること出来ることを伝えて行きたい。

古くて新しい1杯のコーヒーの物語を伝えて行きたい。 アサンテサーナ!

224コーヒーとり村の女性10s

 

ブ-タン東部GNHツア-2012・冬 11月18日~26日参加

2012/11/26

辻信一、ペマ・ギャルポと訪ねるエコ・スピリチュアルツア-に参加してきました。

11月26日、ブータンから戻りました。
今回の旅行は、南米エクアドルの先住民族に伝わる「私のできること」の話を日本に紹介した辻信一さんのツアーです。

東ブータンのチモン村を訪ねるこの旅は、タイからインドへ入り、インドから車で国境を超えブータンに入りました。おそらくこのルートでブータンに入った旅人は、しかもチモン村に行くツア-団体の旅人は初めてです。

チモン村は、今回のツアーの案内人ペマ・ギャルポさんの生まれ故郷で、山々に囲まれた盆地のような所です。

辻信一、土井ゆきこ、ペマ・ギャルポ

国境近くで、一晩泊まり、翌日バスに一行14人は昼食後、ペマ・ガッツェル県へ、車で5時間。国境を超えて遥か向こうに見える山並みに向かって走り、山に入りドンドンドンドンドンドンといくつも山の中を走った。初めは太陽が暑かった。だんだん日傾き、山の端に太陽が沈むとくっきりと稜線がオレンジ色に染まった。

村人達が10数人道端でゴザをひいて待っていた。お供えなどもあり、コップを渡され、トウモロコシのお酒を注がれ、紅白の茹卵を差し出されるおもてなしを受けました。
この村人たちは、チモン村を訪ねる私たちの事を聞いて歓迎してくれたのです。

この歓迎の前の30分くらいは、道が木や石でふさがっていてブルトーザーが取り除くのを待っていて、出発したら村人達が待っていた。同じように 待っていてくれたのです。いつ来るのかわからない
ような私たちを待っていてくれたのです。

しばらく車で走ると、やっとチモン村の神社までたどり着きました。また村人達の歓迎を受けました。同じようにお酒と卵とミカンとバナナで。

さて、その神社の下に見えるのがチモン村。荷物は村人に運んでもらいながら30分ほど下って行くと、また30人近くの人がでむかえてくれました。ペマのお兄さんも先頭にいました。ブータンの民族衣装を着た人たちです。ここでもゴザをひいて、お供えや花が飾ってあり、またお酒や、卵、ミカン、バナナなど振る舞われました。

ここが私たちの行く手のチモンの人々と思ったら、また途中の村人達で、さらに歩いて目的の村人に着きました。当然歓迎があります。お酒と卵とミカンとバナナとピ-ナッツ。

旅人を迎えると御利益があるという話も聞きましたが、村人総出での歓迎、準備からいつ来るとも知れぬ私達旅人を待ってまってくれたのです。

こんな感じで、出発から3日目の夕方に電気のない山里の村チモン村にたどり着き、2日間泊めて頂きました。
生活の原点を見ました。人々のつながりの原点を見たように思います。
また、今回の旅の大きな目的は、チモン村でオ-ガニックコットンの栽培を復活して、フェアートレードで現金収入をえることができないかというプロジェクトの始まりでもありました。

道ができ、私達も訪ねることができました。もうじき電気も来ます。村は市場経済に飲み込まれるでしょう。
自給自足で暮らしてきた村に、大きな波がやってきます。若者達が町に出て、過疎化するのが見えています。

その前に文化を、村の生活が存続するため、文化継承のために必要な現金収入が得られないかと考え、辻さんが今年3月オ-ガニック綿花栽培の提案をしたことから始まったプロジェクトです。
小さく、顔の見える関係でこれから進んでいくこのプロジェクトの始まりに出会えました。貴重な機会を得ることが出来ました。

お祭りには、民族衣装ででかけ楽しみました

また順次報告します。

AWEP スタディ-ツア-報告書より

2012/04/13

2月21日~29日まで 
フェアトレード生産者を訪ねて―糸紡ぎとバティック体験の旅AWEPのスタディツア-に参加してきました。
バティック(Batikジャワ語)は、インドネシア・マレーシアのろうけつ染め布地の特産品。特にジャワ島のものが有名なため、「ジャワ更紗」と呼ばれることもあります。インドネシアのバティックは、ユネスコの世界無形文化遺産に認定されたそうです。
そのろうけつ染めの現場を見ることができました。インドネシアのデンパサール空港から1時間15分、ジョグジャカルタへ、さらに車で6時間くらいのところにある中部ジャワ北のパカロガン、ウマ-ルさんの工房KPTBのお宅でホ-ムステイして、農村でのバティック製作や糸つむぎなどの体験をしました。

 

 

 

 

 

溶かした蝋を細い管を通して模様を描いていきます。ぼとっと蝋がたれてしまったりして思うようには描けません。
白い部分を出すために、模様以外全体を蝋で塗り尽くす作業もありました。先ほどの繊細な模様を描く手前の技術の人はそのような作業をするとのこと。
いずれも、家の中で行われ、暑い気候の中で、蝋を溶かす熱い火もとの作業、また女性の中にはムスリムの特徴でもあるショールを頭からかぶり作業をしている女性もいました。

伝統的な手法が、プリントによる機械織りに押され、本物がすたれていく現実を前にして考えさせられる手仕事を見ました。

今回、3泊させてもらったウマ-ルさんは、アピクリを立ち上げたメンバーの一人です。いま息子さんと娘さんが手伝っています。息子さんの ワハブさんは、草木染めに挑戦。草木染めは手間がかかりますが、ろうけつ染めにおいては、さらに手間がかかります。蝋なので、煮出した中で染めることが出来ないからです。かなりの手間をかけたシル
クの藍のろうけつ染めを見させてもらいましたが、伝統的な柄とあいまって素敵なショールでした。もうじき届きます!

 

手仕事を伝え、村の女性達の仕事を絶やさないように、スタディツア-の体験をみなさんに伝えて行きたいと思います。

今回の訪問予定のアピクリというフェアトレードの団体を尋ねることも大変楽しみでした。バリ島にも寄るということで魅力を感じていたスタディーツアーでした。代表のもりきさんとは、東京で、パネラーの一人として参加した時にご一緒したい、名古屋へみえたおりの講演にも参加しお会いしていました。今回の10日ほど一緒に行動し、交流させて頂いたことは、これからのAWEPといいとつながりができたと感謝しています。小売店の立場でAWEPさんと一緒にフェアトレードを広めて行きたいと思っています。

今回は、まとめ報告でしたが、順次日を追っての報告予定です。

名古屋 フェアトレード・ショップ 風“s 土井ゆきこ

I LOVE CRAFTTOUR バングラデシュへの旅

2012/04/09

バングラデシュ 「ケヤパ-ム」にて2012年3月30日~4月6日まで、ピ-プルツリ-のスタディツア-に参加してきました。

今回のツアーの感想 2012年4月4日
日本の店で売っているフェアトレード産品がここで作られていた。

その現場で働く人々に出会う。

毎日毎日糸を紡ぐ。毎日毎日染めをする。毎日毎日機を織る。

人の営みの生活工程を沢山省いて来た先進国は、その時間をかけた生活をとりもださなければならいと思う。それが環境を守り、人の暮らしを、誰かの暮らしを犠牲にしない生き方につながる。

今回、ツアーに参加して20年を経たPT の歩みを見ること、そしてこれから歩んで行こうとする先を見ることができました。

バングラデシュの首都ダッカから電車で6時間、車が近づいて聞こえるスワローズの学校の子ども達の声。2階建てのクラフトセンターで働く240人の女性達。18年前のおつきあいから比べて8倍にも広がった建物に代表のサフィアミニーさんは、感慨深げでした。

とはいえ、今回の旅行の主な課題は、いかに製品不良をなくして技術を向上させるかということ。

イギリスのスタッフも、年2ヶ月はここに滞在をして指導をしています。バングラデシュにある他の団体の代表なども集まり、何が原因で製品不良がうまれるのか考えようと呼びかけます。
このように尚も成長をめざす、スワローズがサフィアさんの要望にこたえ、より困っている人たちの手助け側になろうと動いているプロジェクトがあることに、こころを動かされました。

織りの仕事を近くの村に回したり、土地を所有しない人々の政府支援手刺繍プロジェクト(グッチャラム)の刺繍の手ほどきをしている。

自分たちに差し伸べられた手を、他の人に手を差しのべる人達が、フェアトレードの運動として連載している現場をみることができました。

何度も停電するような生活のなかで、みんなで暮らしがなりたつように手をつなぐ姿をみることができました。

国を越えた人のつながりの輪の中に入った今回のツアー、歌や踊りや花束や花びらなどの歓迎、贅沢な暮らしをしている私達のために、きるだけ不自由な思いをさせまいと、いろいろな面で準備をしてくださった、ゲストハウスでの受け入れ先のフェアトレードの団体のみなさまの心が本当に嬉しかった。

I LOVE CRAFTTOUR 手仕事は命の仕事!   

みどり部分がバングラデシュ

       報告は順次します。土井ゆきこ

“House of Handicraft”の代表、ワニダさんの物語

2010/07/29

SVAクラフトエイドの企画 ラオス・タイにクラフト生産者を訪ねる旅に行ってきました。

今日は旅行の5日目にタイのノンカイにある”House of Handicraft”を訪ねた時の代表、ワニダさんの物語を紹介します。

ワニダさんと2s
ワニダさんは78歳
祖父をフランス人にもち、母はラオ・タイ人 父はタイ人
ラオス国境に近いノンカイ県に生まれる。
(私の掛けているショールはバーシーの儀式の時に村人からかけて頂いたショールです)

60年間クラフトの仕事をしてきた人。SVAでは人気のお魚ポシェット、元々人形作家のワニダさんの考案の「ウォーリードール」などがハウス オブ ハンディクラフトでは作られています。

仕事を始めたのはラオス。
30年間3000人の人をまとめてきた。お客は日本人だったそうです。ラオスに政変があり、独身女性でそんなに手腕のある人は……..、これだけの仕事が出来る人は….と言うことで投獄された。フランス・ラオス・タイと国籍をめぐって翻弄された。顔立ちは西洋人なので、「フレンチ」とよばれている。

タイの王や女王、首相からの出獄願いが届き3年半後タイへ。財産は没収されていたので着の身、着のままだった。

1980年タイの首都バンコクでクラフト再開。今回も日本の客によって何とか軌道に乗った。が、1997年タイの経済危機で大打撃を受け、撤退せざるを得なかった。そして生まれ故郷のノンカイへ来た。

ハウス オブ ハンディクラフトは8つの村で、40人くらいの人が仕事を得ている。材料は買って渡している。

問題は、いい仕事があるよと言われればすぐ、その誘いに乗って行ってしまうので、生産者が続かない。新人には2~3日教えて、簡単なところを分業でやってもらう方式をとっている。他の職への誘惑が多く定着しないこと。

h&hの人達s

その後、生産者さんをまとめている代表の女性達と、実際の生産品の改良点などを話しあいました。ホテルなどの仕事と掛け持ちの人もいて、じっくり専業でできるくらいの仕事量と賃金が、今ある問題を解決していくのだと思います。素晴らしい生産品でも、粗雑な部分があれば売れなくなる。そこはしっかりと伝えてきました。直接話し合うことで、今後の生産品の向上が楽しみです。

ツアー5日目 7月20日 タイを訪ねる

2010/07/28

SVAクラフトエイドの企画 ラオス・タイにクラフト生産者を訪ねる旅に行ってきました。

今日は旅行の5日目、ラオスのシティ・イン・ヴィエンチャンに3泊昨晩友好橋を渡りタイへ入国。ノンカイ県庁訪問、県知事表敬訪問。現地のフェアトレードの団体House 0f Handicraftsのワニダさんのアレンジで、行政とのつながりをもっと持ちたいということで
ノーンカイ県知事の表敬訪問。実際は、副知事さん(男性)と一村一品運動のまとめ役のような女性と二人が対応されました。

ひとつひとつのクラフトを、一村一品運動として盛り上げ、生産者を支えて行きたい、行政にも、活動をもっと理解していただきたい、というワニダさんの思いから、実現しました。

続いて、役所からすぐ近くの一村一品運動の生産物の販売所がならぶ、立派な建物に到着。1Fはショップ、真ん中の広いスペースを囲むような建物でした。政府により建てられ、光熱費は無料。賃料もなし、だそうです。

でもその後の政府の動きは鈍く、空き店舗もあり、ワニダさんはなんとか活性化したいということで、私たちの訪問も喜んでくださいました。箱物はできたが….と、どこでもにたようなことがあるのですね。

バーシーの儀式s

バーシーの儀式。
東北タイ(イサーン)からラオスでは、結婚式やお正月など事あるごとに、行われる儀式だそうです。塔のようなところから糸が下がり、それを周りを囲んで座っている人が手にとりみんなでつながる。お経がはじまった。ひもが動く。つながっていると感じる。お経が終わったら外向きにみんなが座る。糸を持った人が私たちに「幸せ」や「夢が叶う」ように手首に白いひもを巻き付けて行った。10人くらいの人から結んでもらった。

ビュッフェスタイルで食事のあと人気のウォーリーブローチやお魚巾着のデモンストレーションを見ました。

人形作り

人形ブローチは、足になるワイヤーの先に綿をからめ、接着剤でくるくるまとめてきます。頭になる部分も綿で作り、何度も接着剤でまるくまとめ、その真ん中に、先ほど両サイドに足の部分を丸めたワイヤーを二つに折り、頭に差し込みます。そのあとは手をつけ、服を着せていきますが、前日の雨のため(ラオスは雨期)生産者の人が来られなかったので、デモンストレーションはここまででした。

その後、生産者さんをまとめている代表の女性達と、実際の生産品の改良点などを話しあいました。

ツアー4日目 7月19日 ラオス モン族 タンピャオ村を訪ねる

2010/07/27

SVAクラフトエイドの企画 ラオス・タイにクラフト生産者を訪ねる旅に行ってきました。
CAMAクラフトに8時過ぎ到着。

カマクラフト事務所sカマクラフト事務所(WFTOのマークが看板にある)

カマクラフトは、はじめ難民キャンプでハンディクラフトの材料を提供するくらいの小さな団体だった。
1990年国に戻ることが出来た。ラオスに戻ってきても支援を続け、外国にも輸出をするようになった。医療器具・食べ物・お金の支援もするようになった。だんだんと商業的になってきた。今日注文して、明日できてくるように回転が良くなってきた。

村へ届ける材料の棚s村へ届ける材料の入った棚 カマクラフト事務所にて

10の村を支援している。ルアンパバーン・ビエンチャン・諸外国へ販路を持つ。生活水準があがってきたという声もある。低所得者の現金収入の支援をしている。村の言葉ではなくラオス語を話すための学校支援。社会参加の仕方がわからない村人のためにライフスキルを伝授。新しい技術面学び、伝統的なものとトレンドを組みあわせるなど、情報を提供していく。材料は90%タイから入手。コットン100%又はコットン35%ポリエステル65%の材料が使われている。SVAはコットン100%を要望している。

村へ行く赤土の道s村へ行く赤土のぬかるみ道

事務所から「Tan Peaw Village」を陸路1時間くらいで尋ねた。幹線道路を左に折れると赤土のくぼみに雨がたまった道を20Kmくらいの速度ですすsむ、両脇には水田もあり田植えをしていた。

1993年難民生活から戻ってきた。行政と国連が家などをサポートしてくれた。カマ・クラフトに村人はサポートのお願いに行った。国連はおおきく動くけれど少数の人々を忘れてはいけない。

村を訪ねたときは、女性ばかり、そしてたくさんのたくさんの子どもたち、男性はみんな畑にでて農作業。村長さんの話に寄れば935人がこの村でくらしている。

森のやりとり3s

3週間に一度訪ねてくるカマ・クラフトのスタッフから、次の仕事の布を伝票と一緒に渡される。そしてそれまでに出来た仕事を渡し、検品をうけお金をうけとる。町から離れて暮らす人々にとっての大切な取引がここにある。

ただ、この取引が、足元みられ低い報酬しか受けられない場合も想像できるし、実際フェアトレードでとり引きされないところでは、20%くらいはここより低いようです。

カマクラフトの事務所の人と村人のやりとりのあと、「モン族の衣装を着たい人!」との呼びかけがあり手をあげました。

森の人みんなs
前列 中央の二人とその後ろの人はモン族の娘さん

ラオスはこの時期雨期で、朝も雨が降っていたので赤土がぬかるんでいました。でも森のなかでの交流する時はやんでいました。

この夜は、友好橋を渡ってタイへ行きました。5日目は、タイのノンカイへゆき、ハウス オブ ハンディクラフト へ行きます。

ツアー3日目 7月18日 ラオス モン族 シビライ村を訪ねる

2010/07/24

SVAクラフトエイドの企画 ラオス・タイにクラフト生産者を訪ねる旅に行ってきました。

シビライ村

朝7時にホテルを出発して、3時間ほどで帰還難民の村、シビライ村に到着。SVAのスタディツアーの生産品では、ハートマスコット・財布があり2006年のカタログではショルダーバッグもあり、それはとても素敵な彩りのクロスステッチが施されていました。

そんな村を直接訪ねるということは、本当に心待ちした瞬間でした。前もっての説明どおり、斜面にはりつくような感じで家があり、ばんばんトラックなどが走る道路をはさんで、また斜面に家がある。そんな村でした。

ワーピアション村長さんの話に寄れば村民は243人、うち女性は122人。15歳以下は115人と子どもがいっぱい。農業中心でハンディクラフトを作っている。高校がないのでなんとか作りたい。隣の村長さんも同席。教育に注ぐ思いを語られた。

村人と一緒に餅つきをしました。
細長い丸太をくりぬいた中に蒸した餅米を入れ、杵で二人でつきます。日本の餅つきと違うのは、臼が長方形、杵が軽い、水をつけて手返しをしないので餅と杵がくっついて、持ち上げるのが大変。モン族の若手は決まっている。一方の日本側は、杵の軽さと、くっつく餅を引き離す力不足で、周りの子ども達の笑いをおおいに誘った。
もりあがった餅つきでした。

餅つきs

昼食を村長の家で頂きました。魚を揚げたもの、ご飯、タピオカと芋の入ったデザートのようなもの、バナナ、餅は蜂蜜をつけて食べるようでした。日本から持参した海苔としょうゆは、甘さとは反対の味覚なので、シビライ村の人もとまどった様子でした。

昼食後、女性達の刺繍をするところを見せてもらいました。時間をみつけては、膝に布を置き、色とりどりの刺繍糸を自分の感性でクロスステッチしてゆきます。それは刺繍するお母さんの袂で遊びます。そして針を持てる頃になると、端っこのほうの部分をさせてもらいます。やがて順次任されるのでしょう。民族衣装を自らつくる伝統的なこの刺繍は、難民時代にも作っていました。

同じ柄でいくつも作るという商業ベースは彼女らにはあいません。なぜならおしゃべりしながら、みんなと楽しく、そして創作の楽しさを味わいながら、「刺繍する事が楽しい!」と彼女らは語るからです。自らの思いを刺繍の糸に託して表現する、それは仕事と言うより生活の中の大切な創造時間で、生きる源なのでしょう。日本にきて一つ一つ違う柄を見る時、私たちはどれもこれも素晴らしく選ぶ楽しさと難しさを味わいます。

双子の母s

そんな思いの刺繍がされた生産品も市場にいけば、観光客に値切られ手元に届く報酬はその思いや技術に見合った物ではないでしょう。シビライ村はまだフェアトレードとしての組織化にはまだなっていませんが、村の人と難民キャンプ以来家族のように、またおかあさんと慕われている安井清子さんを通じて、SVAに届きます。これはフェアトレードの中では分類すれば提携型に属すでしょう。

フェアトレードのマークも何もありませんが、生産者も仲介する人も引き取り買う団体も互いに尊重し合う関係での取引です。形ではなく目に見えないつながりで生産品が作る人から使う人へと手渡されていきます。

そのお金は年間を通じてお米が取れないシビライ村の人にとっては大切な現金収入です。教育費に生活費になります。刺繍は女性のものだけではなく、村長をはじめ男性も手がけるそうです。

実際、下の刺繍は少年が刺繍しました。木から落ち、竹にささった所を助けられたそうですが、入退院があり、ただでさえ貧しい生活のなかでのかかる医療費への苦労は大変なものと想像します。週末に3枚ほど仕上げるという刺繍のステッチは素晴らしいものでした。それを製品化するコーディネーターがシビライ村から生まれるともっと収入が増え、臨時支出にも対応ができるようになると思います。

息子の母s

2007年に行ったメキシコのコーヒーなどの生産者のトセパン組合は、組合委員のための銀行をつくりました。営利目的ではないので、預ける時の利子は高くつけ、借りる時の利子は少ないそうです。

11月6日 メキシコからトセパン組合の話をしてくださる人が、「森を育てるフェアトレード」の公開講座のため来名予定です。

シビライ村にも若者が世界のこのような事例を勉強し、村に持ち込んでくれたらいいなっと思います。情報の不足は発達を拒みます。出入りする人達が情報を提供し、相談にのってあげれるといいなと思います。

どちらにせよ、現金収入を得ることです。今回も生産品の改良点や新製品の提案なども直接生産者の人と話す事ができました。

今回のシビライ村での出来事の一つに、昼食後、小柄なおばあさん(と言っても多分私くらいの年齢の人)にモン語で「ワッジョ=こんにちわ」と声をかけたら、互いに手を取り、なんだか自然にハグした。東洋人にはないことだけれど、ハグしあいながら語り合う目は、今回この訪問では口に出来ない難民時代のこと、それを彼女は目で語っていたと思う。

私も前日の前もっての安井さんのレクチャーで20年近くの難民キャンプ時代のこと、帰還してからのこと、その時代を生きてきたことに思いをめぐらした時、涙が出てきた。彼女もそうだった。指で数える仕草もしていた。私にはわからないけれど、「たいへんだったね~」という思いでハグしていた。自分自身不思議な行動でした。彼女の手が私の涙を拭いてくれた。

ハグs

そのあと刺繍する現場では、彼女が針を持って刺繍をしていた。白い布にしていたので誰かが聞いた。「なぜ白い布にするのですか?」と。答えは、死に装束ということでした。女性の平均寿命54歳というラオスでは40~50歳になればそのような準備も有るのかもしれない。私は平均年齢はとうに過ぎている。死に装束の衣装までは考えていないけれど、どうしたらこのまわりに物を片づけたらいいのか考えている。シンプルに暮らしたいと思う。

私にできることは?
SVAという団体を通じて、今回出会ったシビライ村の現金収入の道を造りたい。後継者は一杯いると村人の話。確かに!! 子どもらは一杯いる! 

素晴らしい感性と技のモン族。それらを生かし世界に誇る伝統文化を発信、自らの歴史も語り、互いに平和に暮らす事ができるように出会ったところからつながってゆきたい。語って行きたい。

糸s

以下明日の企画案内!
シャプラニールという団体をごぞんじですか?

1972年発足ということですから38年もたちます。
40年近く続く事はすごい事だと思います。世代がつながっている証明です。どこにそんな息の長いNGOの秘訣があるのでしょうか? また地道に活動するエネルギーをどのように維持して現地で活躍しているのでしょうか?

さて年に1回、全国を回るキャラバン隊が名古屋にきます! 
何かをしたい! と思っている方にもヒントが有るかもしれません。
また卒論等で国際協力・フェアトレードなどをテーマに使用としているかたは是非、藤﨑さんのお話を聞いてください。
女性の立場ならではこその話も聞けると思います。

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ネパールの農村に生きる女性たち~支援活動で見た女性たちの暮らしの変化~

支援の先にあるものが見たい……..

■日 時:2010年7月25日(日)14:00~16:00
■会 場:ウィルあいち2F セミナールーム4
■参加費:1000円(当日+500円)30名定員

■プログラム: シャプラニールhttp://www.shaplaneer.org/は、
ネパールでの活動を1996年から開始し、農村
での活動や都市部での働く子ども支援に取り組んできました。
ネパールの農村部で経済的に厳しい状況に置かれている女性た
ちの社会的背景、実際の支援活動、活動を通じてみえた女性たち
の変化について藤﨑文子さんにお話をして頂きます。
https://ssl.form-mailer.jp/fms/48d430bf106208申込方法からどうぞ

■問い合わせ:「名古屋をフェアトレード・タウンにしよう会」
    http://www.nagoya-fairtrade.net/
    フェア・トレードショップ 風”s(ふ~ず) 内 土井ゆきこ
     052-962-5557(T&F)(月休み)
     http://www.huzu.jp/   huzu@huzu.jp

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